
MoMAの歴史
1920年代後半、当時最も進歩的で影響力の強かった、リリー・P.ブリス、アビー・オルドリッチ・ロックフェラー、メアリー・クイン・サリバンの3人の芸術の後援者たちは、従来の美術館の保守的な方針に意義を唱え、近代美術のための専門の美術館を設立する重要性を主張しました。A. コンガー・グッドイヤー、ポール・ザックス、フランク・クラウンシールド、ジョセフィン・ボードマン・クレーンが創立メンバーに加わり、1929年にMoMAが誕生しました。初代館長アルフレッド・H.バーJr.は、人々が近代のヴィジュアルアートを理解し楽しむための場として、ニューヨークに「世界で最も優れた近代美術館」を築くことを目指しました。
MoMAは創設直後から大きな反響を呼び、規模を拡大するため、10年間で3度の移転を経たのち、1939年にマンハッタン・ミッドタウンにたどり着き、現在に至ります。美術館のあり方を大きく変える複数部門制を導入し、建築・デザイン、ドローイング・版画、映画、メディア/パフォーマンス、絵画・彫刻、写真など、さまざまな表現を扱うMoMA独自の体制が整えられました。 1950〜60年代には建築家フィリップ・ジョンソンが拡張を担当し、アビー・アルドリッチ・ロックフェラー彫刻庭園を設計しました。1984年にはシーザー・ペリによる大規模改築が行われ、ギャラリーの面積が倍増し、来館者施設も大幅に整備されました。
MoMAのコレクションは、創設当初の「8点の版画と1点のドローイング」から始まり、現在では約20万点にのぼる絵画、彫刻、写真、建築作品、デザインオブジェ、映画、さらに200万点以上の映画スチルなど、近代美術を総合的に見渡せる世界屈指の内容となっています。 図書館とアーカイブも世界的な研究拠点として知られ、32万点以上の資料や9万名以上のアーティストファイルを所蔵し、研究者が利用できる調査センターを各部門に設けています。
MoMAでは常に多様なテーマの展覧会を開催し、重要な美術動向を紹介しています。常設コレクションも定期的に展示替えを行い、来館のたびに新しい作品に出会うことができます。映画部門ではクラシックから実験映像まで幅広く上映しています。また、書籍を扱うブックストアや、現代アートに関連するアイテムを販売するデザインストアも人気です。教育機関としても積極的に活動しており、子ども、家族、学生、教師、バイリンガル来館者、特別支援を必要とする人々など、多様なニーズに対応したプログラムを実施しています。また出版活動も盛んで、35言語以上、2,500点を超える書籍を刊行しています。
2000年にはP.S.1コンテンポラリーアートセンター(現MoMA PS1)と正式に提携し、MoMAが唯一の法人メンバーとなる一方で、PS1は芸術的・組織的独立性を維持するという革新的な連携体制が確立しました。これにより展覧会や教育プログラムなど幅広い分野で共同企画が可能になり、現代アートの発信力がさらに強化されました。
2000年代に入り、MoMAは大規模な再建プロジェクトを進め、谷口吉生の設計による新しいMoMAが誕生しました。敷地西側には主要ギャラリーを備えた「ペギー&デイヴィッド・ロックフェラー・ビルディング」、東側には教育研究施設「ルイス・B・アンド・ドロシー・カルマン教育研究ビル」が整備され、従来の5倍以上の教育・研究スペースを確保しました。この2棟が拡張された彫刻庭園を囲むように配置され、2004年11月に新生MoMAが一般公開されました。
改築期間中、MoMAは2002年にマンハッタン本館を一時閉館し、クイーンズのロングアイランドシティに「MoMA QNS」を開設しました。MoMA QNSは2004年9月まで展覧会と運営の拠点となり、現在は最先端の収蔵施設として活用されています。
現在、MoMAとMoMA PS1には年間数百万人が訪れます。国内外の巡回展、作品貸出、映画・映像ライブラリー、出版、オンラインプログラム、教育活動、特別イベント、ショップなど、多彩な活動によって、世界中の幅広い人々にアートを届け続けています。

