MoMAについて

MoMAの歴史

MoMAの歴史

1920

1920年代後半、当時最も進歩的で影響力の強かった、リリー・P.ブリス(Miss lillie P. Bliss)、アビー・オルドリッチ・ロックフェラー(Abby Aldrich Rockefeller)、メアリー・クイン・サリバン(Mary Quinn Sullivan)の3人の芸術の後援者たちは、従来の美術館の保守的な方針に意義を唱え、特に近代美術だけに専心する施設を設立する必要性を主張しました。やがて1929年にMoMAが創設(5番街と57丁目の角)されると、初代館長のアルフレッド・H.バーJr.(Alfred H.Barr, Jr.)は、MoMAを、大衆がヴィジュアルアートを理解し楽しむために尽力しました。
ニューヨークに「世界で最も優れた近代美術の美術館」ができたのは、これら先人達の努力によるものなのです。
初代館長バーは、1932年には美術館の着想と編成の計画を提起。その結果、絵画/彫刻、ドローイング、版画/絵本の部門に加えて、建築/デザイン、映画/ビデオ、写真の部門が世界で初めて作られ、MoMAの複数部門の構造ができあがりました。当初モダンアートは大衆に受け入れられず強い抵抗がありましたが、その後10年間にMoMAは3度の移転で次第に大きな区画へと移り、ついに1939年に、現在の敷地の一部であるミッドタウン(西53丁目11番)の建物に移転。1950~1960年代に実施された拡張計画に起用された建築家のフィリップ・ジョンソンは、アビー・アルドリッチ・ロックフェラー彫刻庭園も設計しています。1984年にはシーザー・ペリの設計による大規模な改築でギャラリーの空間が倍に広がり、来館者用の施設が充実しました。

1989

1989年、西53丁目44番地にMoMAデザインストアーがオープン。1996年には将来の更なる拡張を見据え、隣接する西54丁目のドーセットホテルと2件のタウンホテルを取得。そして1997年、新しいMoMAの建築家を選ぶコンペで日本人建築家、谷口吉生が選ばれ、新生MoMAプロジェクトが始まりました。
2000年に、世界で最も古く、大規模で、且つ最もカッティングエッジ(進歩的)な現代アートを振興する集団、P.S.1コンテンポラリーアートセンターと提携したことで、より幅広く現代美術愛好者へアプローチすることが可能になりました。2000年と2005年、PS1とMoMAのコラボレーション企画「Greater New York」展ではNY地区の新進アーティストのモダンアートを紹介し、大きな成功を収めました。この年、マンハッタンではMoMA建築プロジェクトの取り壊し作業が始まっていました。2001年に第二の路面店・MoMAデザインストアーがソーホースプリングストリートに、2002年にはクイーンズに改装中の一時的な拠点として、2004年9月27日までMoMAQNSがオープンしました。

2004

2004年11月、ついに2001年から始められた大規模増床工事が終了し、MoMAは再びマンハッタンに戻り、リニューアルオープンしました。谷口吉生氏の設計によって、以前の施設のほぼ2倍の収容力を持つ、58,530平方メートルの美術館に生まれ変わりました。敷地の西側の、新しい6階建てギャラリービルディングは、メインの展覧会ギャラリーを擁し、敷地の東側に位置するMoMA初の独立した教育研究センターは、教室・講堂・教員養成ワークショップ・図書館とアーカイブのスペースが従来の5倍になりました。この2つの建物が、拡張されたアビー・アルドリッチ・ロックフェラー彫刻庭園を囲むカタチで配置され訪れる人を魅了しています。

  • View of The Abby Aldrich Rockefeller Sculpture Garden and The David and Peggy Rockefeller Building.
  • The Museum of Modern Art designed by Yoshio Taniguchi.
  • Night view of The Abby Aldrich Rockefeller Sculputre Garden and The David and Peggy Rockefeller Building.
  • View of Bauhaus stairway.